タンザニアを代表する絵画として知られるティンガティンガ・アート。
その始まりは1960年代末、Edward Saidi Tingatinga(エドワード・サイディ・ティンガティンガ)がダルエスサラームで描き始めた作品にさかのぼります。
エドワードは1972年に亡くなりましたが、彼が生み出した表現はそこで終わりませんでした。
仲間や弟子たちへ。
さらに、その次の世代へ。
半世紀以上にわたり、多くのアーティストによって描き継がれてきました。
その「現在」を象徴するアーティストの一人が、創始者エドワードの孫にあたるSIWA TINGATINGA(シワ・ティンガティンガ)です。

「TINGATINGA」を名字に持つ画家
SIWAにとって「TINGATINGA」は、単なるアートジャンルの名称ではありません。
祖父がEdward Saidi Tingatingaです。
そして母Martina Tingatingaも絵画制作に携わってきました。
つまりSIWAは、ティンガティンガという芸術の歴史と直接つながる家系に生まれたアーティストです。
しかし、「創始者の孫」というだけで優れたアーティストになるわけではありません。
SIWAを見る上で興味深いのは、祖父の作品をそのまま再現する道を選んでいないことです。

エドワードの作品をコピーするのではなく、自分の作品を描く
創始者Edward Saidi Tingatingaの作品には、ライオン、ヒョウ、鳥などタンザニアの自然を題材にしたものが数多く残されています。
SIWAもまた、ライオン、ゾウ、サイ、カバ、鳥、魚などを描きます。
モチーフだけを見れば、祖父の時代から続くティンガティンガの世界とつながっています。
しかし実際に作品を比較すると、その表現は異なります。
これは、伝統芸術が次の世代へ継承されるときに非常に重要なポイントです。
「受け継ぐ」ということは、過去と同じものを作り続けることではありません。
先人が生み出した文化を理解しながら、その時代を生きるアーティストが新しい表現を加えていく。
SIWAの作品からは、そんなティンガティンガの世代交代を見ることができます。

2010年、本格的に画家として活動を開始
SIWAは1989年生まれ。
2010年から本格的にティンガティンガの制作活動を始めたと紹介されています。
つまり、エドワードがティンガティンガを描き始めた1960年代末から考えると、およそ40年後に制作を始めた世代になります。
ここには大きな時代の違いがあります。
祖父エドワードが活動していた時代と、SIWAが活動する現在では、タンザニアの社会も、ティンガティンガを鑑賞する人々も大きく変化しています。
ティンガティンガはタンザニア国内だけでなく、日本やヨーロッパをはじめ国外でも紹介されるアートになりました。
SIWAは、そうした時代のティンガティンガを描く世代なのです。
「伝統」とは変わらないことなのか
伝統という言葉から、「昔から同じものを守り続ける」というイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし、ティンガティンガの歴史を見ると、むしろ逆です。
エドワードの死後、彼とともに制作していた画家や次世代のアーティストたちは、それぞれ異なる表現を発展させてきました。
動物を描く画家。
植物を細密に描く画家。
都市や人々の生活を描く画家。
抽象的な構成へ発展させる画家。
ティンガティンガは、一つの決められた図柄を複製することで存続してきたのではありません。
アーティストたちが新しい表現を加え続けたからこそ、半世紀以上にわたり現在まで続いています。
SIWAもその流れの中にいます。

「創始者の孫」という肩書きをどう見るべきか
SIWAを紹介するとき、「Edward Saidi Tingatingaの孫娘」という事実は非常に重要です。
一方で、それだけを作品価値の根拠にするのは適切ではありません。
芸術作品の評価は、作者の血縁だけで決まるものではないからです。
むしろ興味深いのは、
創始者の家系に生まれたアーティストが、50年以上後の現在、ティンガティンガをどう描いているのか。
という点でしょう。
エドワードの作品とSIWAの作品を比較すると、共通点だけでなく違いも見えてきます。
その「違い」こそ、ティンガティンガが過去の民俗資料ではなく、現在も変化し続けているアートであることを示しています。

一つの作品から、半世紀の歴史を見る
SIWAの作品を一枚見る。
その背景を知ると、その一枚からさらに長い物語が見えてきます。
1960年代末、ダルエスサラームでEdward Saidi Tingatingaが描き始めた絵。
1972年のエドワードの死後、その表現を受け継いだ画家たち。
さらに次の世代へと広がっていったティンガティンガ。
そして現在、孫の世代であるSIWAも絵筆を握っています。
約半世紀という時間を経ても、「TINGATINGA」という名前とアートが現在進行形で存在している。
これはSIWA作品を見る上で知っておきたい背景の一つです。

SIWAから見る、ティンガティンガの未来
ティンガティンガが今後さらに50年続いていくために必要なのは、過去の作品をそのまま再現し続けることではないでしょう。
新しい世代のアーティストが、自分たちの時代に合った作品を生み出していくこと。
そして、その作品をタンザニアだけでなく世界の人々が知ること。
SIWAの存在は、ティンガティンガが「創始者の時代のアート」だけではなく、世代を超えて現在も制作され続けているアートであることを私たちに伝えてくれます。
祖父から孫へ。
そして、その先の世代へ。
SIWAの作品を鑑賞することは、ティンガティンガの「現在」を見ると同時に、その未来を見ることなのかもしれません。

ティンガティンガは「家系」だけで受け継がれてきたアートではない
SIWAの存在を考える上で、もう一つ知っておきたいことがあります。
ティンガティンガ・アートは、Edward Saidi Tingatingaの家族だけによって受け継がれてきた芸術ではありません。
エドワードの周囲で制作を学んだ画家たち、その次の世代、さらに彼らから技術を学んだアーティストへと広がり、現在の大きなティンガティンガの世界が形成されてきました。
つまり、その歴史には二つの流れがあります。
一つは、師から弟子へと受け継がれてきた「技術と表現」の流れ。
もう一つが、Edwardから家族へとつながる「家系」の流れです。
SIWAは、その後者に位置するアーティストです。
だからこそ、SIWAを「創始者の孫だから特別」とだけ説明するのではなく、多くの画家によって発展してきたティンガティンガの大きな歴史の中に位置づけて見ることが大切です。

祖父と同じ動物を、違う時代に描く
Edward Saidi Tingatingaが作品を制作していたのは、1960年代末から1970年代初頭です。
SIWAが本格的に制作を始めたのは2010年。
二人の間には約40年という時間があります。
それでも、作品の中にはライオン、鳥、ヒョウをはじめとする動物たちが登場します。
ここがティンガティンガの面白いところです。
同じタンザニアの動物を描いていても、時代が違えば作品も変わります。
構図が変わる。
色の組み合わせが変わる。
描き方が変わる。
そして、その作品を見る人も変わります。
Edwardの作品とSIWAの作品を並べて見ると、「何が受け継がれ、何が変わったのか」を考えることができます。
それは単なる二人の画家の比較ではなく、ティンガティンガというアートが歩んできた半世紀を見ることでもあります。

タンザニアで現在も描かれていることの意味
ティンガティンガは、過去に生まれたアート様式の名称ではありません。
現在もタンザニアでアーティストたちが制作を続けています。
ここは非常に重要なポイントです。
世界各地には、その地域で生まれた芸術や工芸が、時代の変化によって制作されなくなった例もあります。
しかしティンガティンガは、創始者Edwardが亡くなってから50年以上が経過した現在も、新しい作品が生み出されています。
新しい画家が加わり、それぞれのアーティストが自分なりの表現を模索する。
SIWAも、その現在進行形の文化の中で制作しています。
私たちが現在SIWAの作品を見るということは、完成された過去の文化を鑑賞しているのではありません。
今も変化しているタンザニアのアートを見ているのです。

作品に残される「その時代のティンガティンガ」
絵画には、制作された時代が残ります。
それは必ずしも、建物や自動車、服装といった分かりやすいものだけではありません。
色彩感覚や構図、モチーフの選び方にも、その時代のアーティストの感覚が表れます。
Edwardの作品にはEdwardが生きた時代があります。
そしてSIWAの作品には、現在のタンザニアで制作するアーティストとしての感覚があります。
今から数十年後に現在のSIWA作品を見れば、2020年代のティンガティンガがどのような方向へ広がっていたのかを知る一つの手がかりになるかもしれません。
アートを所有する面白さの一つは、作品と一緒に「その時代」を残せることにもあります。
「TINGATINGA」という名前が世界へ広がっていく
Edwardが絵を描き始めた当初、ティンガティンガは現在のように世界各地で知られていたわけではありません。
しかし、その後多くの画家が制作を続け、作品が国外へ渡り、展覧会などを通して紹介されることで、Tingatingaという名称はタンザニア国外にも広がっていきました。
現在では日本でもティンガティンガの原画を見ることができます。
SIWAの作品もまた、タンザニアから海を越えて日本へやって来ます。
ダルエスサラームで描かれた一枚の絵が、日本の住宅やギャラリーに飾られる。
そこには、Edwardが制作を始めた時代には想像できなかったティンガティンガの広がりがあります。
SIWAは、そうした国境を越えて展開する現在のティンガティンガを担う世代でもあります。
SIWA作品を見るときに知っておきたいこと
SIWAの作品を見る際には、最初から歴史を意識する必要はありません。
まずは一枚の絵として、
「この動物が好き」
「この表情がおもしろい」
「この作品を部屋に飾りたい」
と感じることから始まってよいと思います。
そして興味を持った後に、その作品を描いた人物がEdward Saidi Tingatingaの孫であることを知る。
さらにEdwardについて調べてみる。
ティンガティンガの歴史を知る。
他のアーティストの作品も見る。
一枚の作品との出会いから、タンザニアのアートの歴史へ興味が広がっていくこともあります。
SIWAの作品には、そうした「現在の作品からティンガティンガの歴史へ遡る入口」としての面白さもあります。
そして、前稿の最後の「SIWAから見る、ティンガティンガの未来」の直前に、もう一つ入れると締まりが良くなります。

EdwardからSIWAへ。そして次の世代へ
Edward Saidi Tingatingaが1972年に亡くなったとき、彼が始めた絵画が50年以上後のタンザニアで描き続けられ、さらに世界各地へ広がっていることを想像していたでしょうか。
一人の画家から始まった表現は、多くのアーティストへ伝わりました。
その中には、血縁関係のない数多くの画家たちがいます。
そして一方では、Edwardの家族にもその歴史がつながっています。
その一人がSIWAです。
しかし、ティンガティンガの物語はSIWAで終わるわけではありません。
これから新しい世代のアーティストが登場し、新しい動物、新しい色、新しい構図を描いていくでしょう。
そのときにも「これはティンガティンガだ」と感じられる何かが残っている。
一方で、Edwardの時代には存在しなかった表現も生まれている。
変わらない部分と、変わっていく部分。
その両方があるからこそ、ティンガティンガは50年以上にわたって生き続けてきたのではないでしょうか。
SIWAは、その長い時間軸の中で、創始者の時代とこれからのティンガティンガをつなぐ世代として見ることができます。
この追加なら、既存の「余白が表現する癒しの世界」とはほとんど競合しません。むしろ別サイトの記事としては、SIWAを入口に「ティンガティンガの文化継承」を語る読み物になり、内容の独自性もかなり高くなります。

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